秋田県能代市のみどり歯科医院です。歯を衛(まも)る!健康創造型の歯科医院をめざします。 

一生自分の歯で食べる事が出来る幸せを! 歯科医療はマンツーマンの診療室での「診療」と、地域での保健活動によるゾーンディフェンス「予防」がキーポイントです。

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「いのちの山河 日本の青空?」の鑑賞記 

岩手山0409
<岩手山パーキングで撮影>
  4月も中旬となりました。桜前線もいよいよ東北に入ってきたと思っていたら、春本番は未だお預けで14日は台風並の強風に見舞われました。折しも能代市では市議会選挙の真っ最中で、選挙ポスターの掲示板が風になぎ倒されるという報道も有りました。天気予報では明日は関東地方などで季節外れの雪の予報です。以前ブログにも書きましたが、今年は3月が寒く、4月になっても春らしい陽気というよりも夕方の冷え込みはまだ3月上旬の感じです。なかなか気候が温暖にならないので、朝夕の運動がてらのお散歩が出来ないでおります。
 当院の新年度は、久々に新人2名が加わり、さあ新年度スタートという所で、ベテランスタッフが体調を崩して離脱というハプニングがありました。例えて言えば双発機の片方のプロペラ(古いですね)が止って、いわば片肺飛行を強いられている状態です。おかげで、今まで彼女に何如に助けられていたかを改めて知らされた次第です。自分か主任さんがダウンすれば「墜落」の憂き目に遭うかも知れないという緊張感を強いられております。物の本に依れば世の中に偶然という物はないそうなので、この事態の呼びかけている意味を考えつつ、災い転じて福となす、「ピンチをチャンスに」をと目下無い「智慧」を搾り出している日々です。
いのち1

 さて、以前からこのブログでご紹介していた、「生命村長」として貧困の村の救世主となり、大きな足跡を残した旧沢内村の深澤晟雄村長を描いた映画「いのちの山河 日本の青空?」を先日ようやく鑑賞することが出来ました。昨年、撮影が横手市の旧山内村で行われたことを新聞で知り、また深澤晟雄資料館にもパンフレットがあり、念願となっていました。
<いのちの山河・日本の青空?ホームページ>
 この映画は「インディーズ」という自主製作の映画に属するため、普通の映画のように映画館である期間上映される形式ではなく、勧進元となる団体(岩手県では生協)が会場を借りて単発で上映しているようです。昨年10月から全国各地で上映されて、岩手だけで1万5千人以上が鑑賞し、高い評価を得ていることは知っておりましたが、なぜか秋田県では撮影ロケ地となった横手市で一度上映されたきりで、ホームページをみても上映予定が掲載されていません。この映画については3月7日付けの秋田さきがけ新報で元横手市長の千田さんが論評を書かれておられます。「秋田では何故この映画をやらないのですか」と岩手の生協連会長に問われたとありますが、全く同じ思いです。もしかしたらこんな所に県民性の違いが現れているではと感じました。昨年の7月ころロケの様子が新聞報道されていましたが、殆どの秋田県民はこの映画の存在を知らないのではないでしょうか。
さきがけ0307

 そこで、雪が消えてから岩手県で日曜日に上映する機会を探していた所、盛岡に近い紫波町で上映されることを知り、一日千秋の想いで車を駆けました。途中、第二期工事が始まった母校の岩手医大の矢巾校舎も見てきました。天気は曇りでしたが矢巾からもはっきりと岩手山を望むことができました。
サンビレッジ

 さて、上映会場となった「サンビレッジ紫波」は、名前からして、ちょっとしゃれたイベントホールのような物を予想しておりましたが、着いて見ると体育館でした。しかし、軽トラはじめ車が引きも切らず押し寄せ、交通整理の人が出ているほどの盛況でした。来場者はやはり、中高年の方々が大多数でしたが、特に女性が多かったようです。
紫波2

 体育館内は冷えていたため、工事現場で使われるようなバーナー式のストーブが音を立てて焚かれていました。説明に依ると座席は800席を用意したが、足りないので追加するとのことでした。早めに入場出来たので運良く前列の座席に座ることが出来ました。その間、周囲のオバチャン達は声高に世間話をしていましたが、耳から入ってくる言葉は岩手で生まれた自分が幼少のころに聴いた言葉遣いで、今で言えば古い方言なのでしょうが、まさに石川啄木の詩に「ふるさとの訛り懐かし、停車場の人込みにそを聴きにゆく。」の心境でした。上映に先立って主催者から深澤晟雄村長の経歴や業績が紹介されました。
紫波3

 いよいよ、上映開始です。映画はDVDを再生と思っていましたが、なんとフィルムの映写でした。これは演出効果なのかも知れませんが昔見た映画のように画面に小さなフィルム傷のような物も見られ、昭和30年代の映画館の雰囲気が演出されていました。
 映画の冒頭は深澤夫妻が、しんしんと雪が降るなかを馬そりに乗って沢内村に帰るシーンです。あまりに雪が深いのか、機嫌を損ねたのか、馬喰がいくらせかしても馬がテコでも動かなくなり、深い雪の中を夫婦二人で滑ったり転んだりしながら歩いて、途中古びたバス停の中で休憩するシーンもありました。この情景が後の「豪雪を克服して冬季間の交通の確保」の伏線になっていることは見逃せません。帰村した深澤氏は、最初は夜間高校の英語教師からスタートし、その評判から当時の村長に見込まれて村の教育長に、そして助役になり、第1期目は無投票で村長に就任し、現金収入の元となったナメコの栽培にも取り組んだエピソードが描かれていました。
 全国で始めて高齢者と乳幼児の医療費の無料化を実現したり、当時全国一であった乳児の死亡率をゼロにするため医療と福祉を一体化させ、今でも驚くべきことに「予防」の概念を採り入れた村の医療・福祉計画を作成したことです。今はこれにもちろん「介護」が入るのでしょう。
当時の役場の担当部署や保健婦を病院に配置替えをした構想は、私も大学を卒業した後に、当時の院長の講演から「沢内方式」として学びましたが、その当時としては全く斬新だったと思われます。
なかでも、医師確保のために文字通り春夏秋冬、仙台の東北大学まで向いて教授に医師派遣を粘り強く交渉して、ついに実現させたシーンでは「本気が人を動かす」ことを痛切に感じさせられました。この当時は、「医者に行く」のは亡くなった時に診断書を書いてもらうためのことで、治療を受ける機会は経済的に難しい状態であったとのことです。冬の深夜に遺体をソリに乗せて医者のいるとなり町の湯田まで運ぶシーンは悔しさとあきらめが一杯に描かれていました。
 また、豪雪対策として冬季間の交通路を確保するためにブルドーザーで除雪をする話が出てきますが、故障の多かった初代ブルはそれなりに年式の古い物でしたが、後から県が追加して導入されたブルは現行のタイプに近いイメージで、30年代当時の機械のデザインは些か異なっていたかもしれません。また、冬季間の除雪だけではなく、新田の開墾等にもブルを活用して農業収入を数倍に増やしたエピソードも紹介されておりました。
婦人会の代表役が、浅利香津代さんでしたが、生の秋田弁丸出しでした。ところが、この地域では全く違和感が無い言葉なのです。岩手側の湯田(現西和賀町)と秋田側の山内(現横手市)は、平和街道で繋がっていますが、この県境は、珍しく「峠」がない道なのです。昔から南部藩と佐竹藩の交通の要所となっていたと思われます。そのため、言葉も驚くほど(横手に)似ているのです。
 ドラマのクライマックスは、「村民のいのちは自分たちで守る」をモットーとしていた村長自身が病魔に犯されてしまい、大手術の後、設備の充実していた福島医大に入院していましたが、とうとう不帰の人となってしまい、夕刻にオレンジ色のヘッドライトを灯した昔のコロナと思われる車列が、村長自らが道路を開拓した「山伏峠」を越えて沢内村へ無言の帰村をするシーンです。多くの村人が道路に出て迎えていました。原作となった及川和男氏著の「村長ありき」でもこのシーンは最も胸を打たれた場面ですが、上映会場でも周囲からすすり泣きの声がひとつふたつではなく、会場全体の雰囲気となり、まるで村長の魂がその場に帰ってきたかのような思いでした。将に圧巻のシーンと言うに尽きるクライマックスでした。

 さて医療制度の経過を考えるとわが日本は、この映画と同じ時期である昭和36年の国民皆保険制度の発足によって、世界で最も優れていると言われる社会保険制度を擁し、医師不足の解消のためという理由で昭和40年代に「一県一医大構想」で、秋田大学医学部の新設を緒として全国にくまなく医師を配置する計画でした。
 ところが、50年経って21世紀の現在、ことに研修医制度発足後に医師の偏在・不均衡問題という大きな歪みが顕著となり、都市部の医師偏在、地方の医師不足が引き起こした病院の機能不全による医療崩壊が現実の大問題となっています。(私の地域でもこの1年ほどの間に社会保険庁解体に伴う秋田社会保険病院の存続問題と住民運動、またJA厚生連が運営する湖東病院の廃止問題、医師不足に依る北秋田市民病院の開業の遅れ問題 等)
 その意味でもこの映画は「医療の原点とは何か」をもう一度考えるきっかけとなるのではないでしょうか。
 医療関係者はもちろん、政(まつりごと)に関わる行政、議会関係者にも、一見の価値があると思います。そして地域のために尽くすという「公の心」を身をもって実践した人物を学ぶ素材として、是非とも次世代を担う子供たちにこそ見てもらい、半世紀前の岩手の極貧の村に生命尊重の大志を掲げた人がいたことを心に刻んでもらえれば、将来の人材育成の一助にもなるのではと願う次第です。
 みんなの手のひら

映画 「いのちの山河 日本の青空?」のご紹介
<いのちの山河 日本の青空 予告編>

<上映開始のニュース IBC>

<試写会 インタビュー>

 主題歌「みんなの手のひら」ピアノ、ボーカル、ビオラの各バージョンが有りますが、沢内の自然が目の前に浮かんできて心が暖かくなる旋律です。弦楽器のオブリガートに宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシェ」を感じたのは私だけだったでしょうか。
 この映画が地元能代市でも是非上演される機会がることを切に希望しております。(4月16日、4月18日 20日追加)
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